第22回社長訪問記

社長訪問記 山梨県にお住いの篠原いさを様

第22回社長訪問記今回お邪魔したのは、山梨県北杜市にお住いの篠原いさを様(72歳)です。

北杜市は北に八ヶ岳、西に甲斐駒ケ岳と綺麗な山々に囲まれた自然豊かな環境です。この日も良い天気で、雪を頂いた二つの山がとても綺麗でした。遠くに富士山も見えていましたね。

いさをさんは、北杜市の生まれで、三十数代続く神社の宮司をしていた進逸さんのところに嫁いで来ました。結婚生活45年を迎えられたそうです。いさをさんも宮司の資格を取得してお二人で神社を守ってきました。そんなご主人が20年前に病に倒れ、いさをさんは介護と宮司の仕事の両立で大変だったと思います。現在は息子さんが後を継いでくれています。いさをさんもひと安心な様子でした。

72歳になられたいさをさんですが、とても元気で活動的なんです。地域の方々とソフトバレーボールをし、子供たちに浦安の舞やお習字も教えています。凄いですね。

「この元気の源は何ですか?」とお尋ねすると、「食べるものに気をつけているんです」と言う。できあいの物は一切買わず、全て手作りだそうです。言うのは簡単ですが、中々出来ることではないですね。今の時代、お惣菜はいくらでも売っています。そこに、いさをさんの強い信念とこだわりを感じました。

ご主人の介護も大変ですが、いつまでもお元気で神社を守っていってください。

左:篠原いさを様
右:元気堂代表 植松芳治

第23回社長訪問記

社長訪問記 長野県にお住いの小林良夫様

第23回社長訪問記今回お邪魔したのは、長野県にお住いの小林良夫様(82歳)です。

ここは古くから中山道の宿場町として栄えてきました。小林さんのお宅もこの地で宿場問屋を明治の初期まで営んできました。明治3年の大火で焼失し、その後再建され現在築140年になるそうです。玄関には昔の屋号「問屋」の大きな看板が掲げられており、凄く歴史を感じさせるものでした。小林さんはこの家の16代目の家長になるのだそうです。他にも昔のお話を沢山聞かせていただき、ありがとうございました。大変勉強になりました。

そんな小林さんは長男と言うこともあり、地元の農協に就職されました。在職中には当時はガリ版刷りで大変だったのをこの地域でいち早くワープロを導入して業務の効率化を図ってきました。何と当時のワープロ1台の値段が180万円だったそうです。

定年後は町議会議員を4期16年務め、町に貢献してきました。根っから面倒見の良い小林さんは周りからの信頼も厚く20年以上も続く、農協OB会の世話役をずっと続けてきました。年一度のこの集まりをとても楽しみにしているそうです。いつまでも続けていってくださいね。

また、皆に誘われ最近始めた、ゲートボール、グランドゴルフでも会計などの役を任され頑張っていらっしゃいます。本当に皆さんから頼りにされているんですね。周りの方のためにもいつまでもお元気でいてください。

左:小林良夫様
右:元気堂代表 植松芳治

第24回社長訪問記

社長訪問記 静岡県にお住いの土屋義孝様

第24回社長訪問記今回お邪魔したのは、静岡県にお住いの土屋義孝様(78歳)です。

この日はあいにくの雨模様で、雪をかぶった綺麗な富士山を見ることが出来なくて大変残念でした。土屋さんは、小学2年生まで神奈川県の茅ヶ崎市で過ごしました。その後、現在の静岡に引っ越して来ました。転校生はいじめの対象になり、土屋さんもいじめられっこだったそうです。当時は親に言うことも出来なくて大変辛い思いをしながら子供時代を過ごしていました。

高校卒業後は大手電気メーカーに就職して、奥様と出会いました。職場結婚ですね。しかし奥様の実家が手広く農業をしていたため、婿養子に入り勤めと農業の二束のわらじを40年間続けてきました。土屋さんは言いました「子供のころに苦労したから頑張ってこられました」。凄いですね、なかなか出来ることではないです。

定年後はグランドゴルフや、小さいころから歌うことが大好きだったのでカラオケによく行くそうです。周りからの信頼も厚い土屋さんは、地域の役も色々任され現在も忙しく活動しています。お話を聞いていても本当に若々しく見えます。

今は長男夫婦と暮らしています、他に子供が2人、孫が4人とひ孫が1人います「盆、正月は皆集まりにぎやかになるんです」と言っている嬉しそうな土屋さんのお顔が印象的でした。いつまでもお元気でいてください。

左:土屋義孝様
右:元気堂代表 植松芳治

第25回社長訪問記

社長訪問記 東京都にお住いの雨宮久子様

第25回社長訪問記今回お邪魔したのは、東京都にお住いの雨宮久子様(79歳)です。

この日は6月としては8年ぶりの台風4号が去った次の日で、非常に蒸し暑く気温も30度に迫ろうかという日でした。雨宮さんのお宅は市の中心から少し離れた、緑に囲まれた静かな住宅街にあります。久子さんは8年前にご主人を亡くされ、現在は息子さんと2人暮らしをしています。

ご主人と久子さんは共に私と同じ山梨県の出身で、昔の懐かしい話に花が咲き私も嬉しくなりました。仕事柄転勤の多かったご主人は仕事とお酒をこよなく愛し、いつもお酒を飲みながら仕事の話をしていたそうです。「まぁ頑固一徹な人でしたよ。」と懐かしそうに久子さんは言います。3人のお子さんも独立して、お孫さんも4人「お正月には勢揃いして大変にぎやかになるんですよ」と久子さん。お孫さんの成長を楽しみにしているんでしょうね。

そんな久子さん趣味として大正琴や太極拳を週に数回行っています。大正琴はお仲間と全国大会にまで出場しています。また写真を拝見しましたが、太極拳をしている時のお顔は凄く生き生きをしていました。「頑固で昔かたぎの主人には色んなことをさせてもらえなかったんです。だから今はどんどん外に出て好きなことをしています。」そう、おっしゃる久子さんのお顔は79歳には見えないくらいとても若々しく見えました。久子さんいつまでも若々しく元気でお過ごしください。

左:雨宮久子様 右:元気堂代表 植松芳治

第26回社長訪問記

社長訪問記 静岡県にお住いの山田様ご夫婦

第26回社長訪問記今回お邪魔したのは静岡県にお住いの山田壹類(カズヨシ)さん(80歳)やすさん(76歳)のご夫婦です。

ご自宅は沼津市内の郊外に位置し高台にある眺めの素晴らしい場所でした。またお宅に向かう車中では雪を頂いた日本一の富士山が綺麗に見えていました。富士山を見ているだけで、心が洗われるような気持ちになりましたね!

ここ沼津で生まれ育った山田さんは勤め先でやすさんと知り合い、結婚されました。今年で52年になるそうです。実はやすさんの旧姓も山田で名前が変わらないので、まだお嫁に行っていないのなんて言われたエピソードもあったんだとか!

嫁いだときにはお祖母ちゃんもいて、大家族での生活でした。お姑さんも良い人でそんなに苦労はしなかったんですよとやすさん。今は息子さん夫婦とお孫さんの5人家族です。この同居生活も息子さんの方から一緒に暮らそうよと言ってくれたそうです。ほとんど晩御飯も5人そろって食べています。知人からは山田さんところは良いねってよく言われるそうですよ。きっと山田さんとやすさんがいいお祖父ちゃんお祖母ちゃんなんでしょうね。

そんなお二人の趣味は詩吟です。他にやすさんは三味線、山田さんは毎晩の晩酌が楽しみになっています。時にはお孫さんと飲むこともあるそうですよ、そんなお二人がお話している姿が若々しく幸せそうに見えたのが、本当に印象的でした。いつまでもお元気でいてください。

左:元気堂代表 植松芳治
中:やす様
右:山田様

第27回社長訪問記

社長訪問記 埼玉県にお住いの渡辺志枝子様

第27回社長訪問記今回お邪魔したのは埼玉県にお住いの渡辺志枝子さん(77歳)です。

埼玉県の中心部から北東に約一時間程、車を進めて久喜市に入っていくと、のどかな田園風景が広がってきました。志枝子さんのご自宅は栗橋駅近くの商店街にありますが、やはりこの商店街もシャッターが閉まっているところが多く活気がないのが残念に思いました。

志枝子さんはここ栗橋に生まれ育ちました。20歳ころには築地や銀座などで働いていたこともありました。その後、地元に戻り仕事をはじめたころ親戚でもあったご主人の家に遊びに行っているうちに、ご主人のお母様から息子と結婚してくれないかと頼まれ結婚したんだとか!その時、ご主人は40歳、志枝子さんは23歳だったそうです。だいぶ年の差があったんですね。

ご主人のお仕事は自転車屋さん志枝子さんは勤めに出ていました。その後、ご主人が病に倒れ入院、お姑さんも寝たきりになり、志枝子さんは2人の看病をすることになってしまいました。69歳でご主人が他界した後がまた大変でした。家業の自転車屋さんを継ぐことになったんです。まったく素人の志枝子さんは知人の自転車屋さんに聞いたり、自分で勉強して覚えました。52歳から15年間やりました。看病と仕事、本当に苦労しましたね!

今は畑の草取りをしたり、お友達と出かけたりとのんびり過ごしています。志枝子さんはこれからは無理せずいつまでもお元気でいたください。

左:元気堂代表 植松芳治
右:渡辺志枝子様

第28回社長訪問記

社長訪問記 静岡県にお住いの増田一枝様

第28回社長訪問記今回お邪魔したのは、静岡県にお住いの増田一枝さん(80歳)です。

お宅は静岡市の中心部から西へ安倍川を渡り、20分くらい車で行った住宅街にありました。この日の東京は今年二回目の雪が降りとても寒い日でした。ところが静岡駅に着くと小雨が降っていましたが、凄く温かいと感じました。おそらく5度~6度くらいの違いがあったでしょう。温暖なところはいいですね!

さて一枝さんは静岡生まれの静岡育ち、ご実家は材木関係の商売を代々していました。家の近くの交番に勤務をしていたご主人と知り合い、結婚しようとしたのですが、一枝さんの両親が大反対!考えた二人は今で言う出来ちゃった婚で許してもらったんだそうです。やりましたね!

しかし小姑さんも居て大変なご苦労がありました。それが一段落したと思ったら今度はご主人が病に倒れ他界、まだ50代だったそうです。辛かったでしょうね!もう30年以上も独り暮らしをしています。「二人の子供が近くに住んでいるので安心なんですよ」と一枝さん、とても80歳には見えないくらい若々しく元気で、お話もしっかりしています。それとお孫さんもよく遊びに来るということで、ピアスにマニキュアまでしてとてもおしゃれなんですよ。驚きです。

以前は旅行出かけたり、押し花などをして楽しんでいましたが、今はその沢山の思い出話をお友達とよくしているんだとか、一枝さんいつまでも若々しくお元気でいて下さい。

左:増田一枝様
右:元気堂代表 植松芳治

第29回社長訪問記

社長訪問記 埼玉県にお住いの渡部行子様

第29回社長訪問記今回お邪魔したのは埼玉県にお住いの渡部行子さん(82歳)です。

お宅は草加市の住宅街に位置し、たいへん静かなところにありました。またこの日は夏の日差しこそないものの、非常に蒸し暑い日でした。ところがお宅に入ると涼しい風が吹き抜け、過ごしやすいお宅だなあと感じましたね。行子さんは3年前にご主人に先立たれ、現在は娘さんご夫婦とお孫さんの4人暮らしです。女系家族ということで、娘さんが2人とお孫さんも2人女の子なんだそうです。

行子さんのご出身は福島県の会津若松で50年前に埼玉県の方に引っ越してきました。働き者の行子さんは70歳近くまで20年近く近所のお菓子屋さんで働き、家計を支えてきました。今の楽しみと言ったら、家庭菜園と三味線だそうです。家庭菜園は千葉の方にも畑があり、ドライブがてら行くのが楽しくて、じゃがいも、さつまいも、スイカ等を作っているんだとか!

三味線は30年以上やっていて、ボランティアで月に3回くらいは老人ホームを訪問してお年寄りに三味線を披露しているそうです。畑も三味線もいつまでも続けていってくださいね!

訪問した方、皆さんに言えるのですが、行子さんも足取りも軽くとても82歳には見えないほど、お元気で若々しいのには、驚かされました。最後に、お家の畑でとりたてのトマトとても美味しかったですよ。ご馳走様です。

左:渡部行子様
右:元気堂代表 植松芳治

第30回社長訪問記

社長訪問記 東京都にお住いの木村さんご夫婦

第30回社長訪問記今回お邪魔したのは、東京都にお住いの木村さんご夫婦です。

今回は東急電鉄の池上線という電車に乗って向かいました。電車を待っている時、ついつい懐かしい西島三重子さんの「池上線」という歌を口遊んでしまいました。歌もいいですが、車内から見える風景は、東京にいることを忘れさせるくらい懐かしい景色でしたよ。駅の近くには、昔ながらの商店街がありました。魚屋さんやお惣菜屋さんからはとてもおいしそうな匂いがしたので、おなかが空いてしまいましたね。

さて木村さんご夫婦は、息子さんと3人暮らし。家の中にはかわいい愛犬がいて、私がお邪魔すると1番にかけつけて歓迎してくれました。

お二人は、同じ会社に勤務していました。昇さんは長野、美恵子さんは東京。働く場所は違いましたが、会社の登山交流会で出会って交際がスタートしたそうです。当時、長野から東京に出るのはとても時間がかかり、6時間もかけて会いに行っていたんだとか。しかし、昇さんは長時間かけて会いに行くのは、あまり苦だとは思っていなかったそうですよ。そんな昇さんの優しさが、木村さんご夫婦の円満の秘訣なんだと思いましたね。

木村さんご夫婦の共通の趣味は卓球。昇さんは学生の時から、美恵子さんは結婚してから、卓球をやっているそうです。2人とも実力は折り紙つき。特に昇さんはプロ顔負けの技術を持っているようです。卓球のコーチもやっていて、昇さんの個人レッスンを受けにくる人が大勢いるそうですよ。この共通の趣味である卓球はこれからもずっと続けていきたいと話していました。木村さんご夫婦の姿がとても若々しく元気に見えたのは、きっと2人の趣味である卓球を続けているからなんでしょうね。昇さん、美恵子さん、これからもお元気でいてくださいね。

左:木村昇様
中:元気堂代表 植松芳治
右:木村美恵子様

第31回社長訪問記

社長訪問記 東京都にお住いの島崎邦子さん

第31回社長訪問記今回お邪魔したのは、東京都にお住いの島崎邦子さん(72歳)です。今年は梅雨明けが早かったせいか、暑い日がとても多く感じます。この日も夏の日差しがとても強く、非常に蒸し暑い日でした。

邦子さんは、緑に囲まれた静かな住宅街でクリーニング屋さんを営んでいます。3年前にご主人を亡くされ、現在は1人暮らし。しかし、隣には息子さん夫婦とかわいい2人のお孫さんが住んでいるので、寂しくはないそうです。

子供のころから、自分で作ったお店をやりたいと思っていた邦子さんは、25歳の時に旦那さんと一緒にクリーニング店を立ち上げました。子供のころからの夢は叶いましたが、生活は苦労されたそうです。ご主人が外回りをして集めてきた大量の衣類を、邦子さんが1人でクリーニング。それをご主人が届けに行き、集金していたのですが、なんとそのお金を全部使ってしまうことがあったそうです。子供が年子で3人いたので「このままでは大変!」と思い、週に2回は自分で外回りとお届けをしていたそうです。いつも以上に頑張っている邦子さんの姿を見て、ご主人の気持ちも変わったんだとか。昔の苦労話も、今では笑い話だと笑顔で話していただけました。

そんな邦子さんの趣味は仕事と買い物。安くてお買い得な商品や自分が気に入ったものを、つい買ってしまうそうです。自分が得をした気分になり、心がスゥーとするんだとか。

邦子さん、いつまでもからだを大切にして、元気でクリーニング屋さんをつづけてくださいね。

左:元気堂代表 植松芳治
右:島崎邦子様